スギヨのルーツは、加賀藩治世の時代までさかのぼります。能登半島の七尾で網元として漁業を営んでいた
杉野與作が、幕末に「杉與(すぎよ)」の屋号を使い始めたのが現在の「スギヨ」の始まりです。
明治初年からブリなどの定置網漁のほかに鮮魚問屋を兼業するようになりました。

初めてちくわの製造に取り組んだのは明治40(1907)年。
近海で獲れるタラや雑魚のすり身を竹串に巻いて焼く素朴な製法でした。
大正12(1923)年には「油ザメ」を原料にしたちくわの量産を開始。
油ザメを原料としたスギヨのちくわは発売以来評判を呼びました。

戦後は、七尾市内にあった倉庫を原料保存用の大型冷蔵庫に改修し、
通年生産が可能になりました。昭和27(1952)年にはアブラザメの肝油を配合した
「ビタミン竹輪」を発売し、戦後の栄養不足に悩む消費者から絶大な支持を集めました。
なかでも海に面していない長野県では爆発的な大ヒットとなりました。

昭和47(1972)年に世界初のかに風味かまぼこ(かにかま)である「かにあし」を発売しました。
人工クラゲ開発失敗の中、3代目社長の杉野芳人がカニの食感に似ていることに気づき、
人工カニ肉へ開発の舵を大きく切ったのが世に出るきっかけとなりました。
かにかまは、インスタントラーメンやレトルトカレーと並ぶ、戦後の食品3大発明に
数えられるほど、当時の消費者に強いインパクトを与える新食品となりました。

昭和51(1976)年には米国への輸出もスタートさせ、“世界のスギヨ”への第一歩を
刻みました。その11年後には、同国ワシントン州に建設した現地工場が操業を開始し、
現在、かにかまは北米で誰もが知る食品となっています。
一方、スギヨは平成16(2004)年に最高級かにかまとして「香り箱」を発売。
本物の蟹と見紛う品質の「香り箱」は、食品業界関係者を驚嘆させました。
発売2年後には技術力の高さと業界への貢献が評価され、スギヨは第45回農林水産祭で天皇杯を受賞する栄誉に浴しました。

スギヨでは多様な練り製品、珍味、干し魚、惣菜を製造・販売しており、現在、約1000種類を数える多くの商品が毎日、全国の食卓にのぼっています。平成19(2007)年からは農業事業に参入し、現在はキャベツ、タマネギを中心にニンジン、ジャガイモ、サツマイモなどを生産しています。全国に商品を供給する食品メーカーとして、スギヨは食の多様性にも目を配りながら、消費者の味覚をつかむ新たな商品開発に全力を傾けています。