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Story

商品開発秘話

ビタミンちくわ

国民への思いが生んだ製品

戦後の栄養不足を改善するために

戦後の1952年、国民の食生活でビタミン不足が問題になりはじめた頃、サメから取れる肝油に豊富なビタミンが含まれていることから、国民のビタミン不足を補うものになればと、スギヨは竹輪にサメの肝油を入れて製造することを考案した。

従来の竹輪の商品名は「能登特産紙巻竹輪」であったが、これを機会に、新たな商品名として「能登特産ビタミン竹輪」と命名された。

健康への需要が高まり、大ヒットを呼ぶ

商品名をビタミン竹輪に変え、ビタミン油を入れた竹輪を販売すると、たちまち大ヒット製品に。売上も飛躍的に向上した。

ビタミン竹輪という名前への変更は非常に効果があり、戦後の飢えが残る時であっただけに、栄養食品として広く受け入れられた。その後「竹輪」の漢字も「ちくわ」に変え、販路も北陸から全国各地へ拡大させていった。

全国トップクラスの長寿県を支えた食品

全国展開したビタミンちくわが最もよく広まったのが、長野県であった。長野県は海に面していない県だが、当時は輸送技術が発達していなかったため、ちくわの中に塩を入れ、木箱に包装し日持ちするようにしていた。

貴重なタンパク源と食塩がセットになったちくわは、長野県で飛ぶように売れ、「ちくわと言えば杉與(すぎよ)」と言われるほどに広く浸透したのだった。

食文化に貢献し、社会の発展を目指す企業として

ビタミンちくわは今も人々に親しまれる製品として愛され続けている。流通競争の激しい時代に、他社に先駆け油サメにいち早く目をつけたスギヨの創業者の、先見の明があってこその結果だろう。

スギヨはこの後にも、革命的な製品となるカニカマを発明し、世界に影響を与えた企業として成長を遂げる。世の中の食文化に貢献し、社会の発展に寄与するという精神が、いつまでも大切に受け継がれている。

history
ビタミンちくわの歴史

発売から66年のロングセラー その歴史をチェックだワン

明治40年(1907年)

近海で獲れるタラや雑魚のすり身を
竹串に巻いたちくわの製造開始

大正12年(1923年)

油ザメを原料にしたちくわの量産開始
~ちくわの穴に食塩を詰めて長野県へ発送。
長野県にて爆発的ヒットとなる~

昭和27年(1952年)

ビタミンA・Dを豊富に含む
油ザメの肝油を配合した
「ビタミンちくわ」を開発

~戦後の栄養不足に悩む消費者から
絶大な支持を集める~

昭和31年(1956年)

高松宮殿下に
「ビタミンちくわ」を献上

昭和40年(1965年)

厚生省(現:厚生労働省)から
「特殊栄養食品」の
大臣許可証の交付を受ける

昭和41年(1966年)

三笠宮殿下ご夫妻が、
ちくわ工場を視察

昭和52年(1977年)

長野県の路線バス広告で
「ビタミンちくわ」を宣伝

平成2年(1990年)

世界一のちくわに挑戦

平成24年(2012年)

「ビタミンちくわ」
誕生60周年キャンペーンを展開

平成27年(2015年)

北陸新幹線開業を記念し、
長野県の七味メーカーと味噌メーカーとコラボした
「七味唐からし入り」と「信州みそ入り」を発売

平成28年(2016年)

誕生65周年を記念し、ビタちく星人レシピ
ビタちくワンダーランド」制作

平成29年(2017年)

ヘルシー&ハッピーWキャンペーンを展開

平成30年(2018年)

よりおいしくリニューアル

令和元年(2019年)

食べごたえ感のある
パッケージに刷新!

100年ブランドを目指すワン